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2008.10.18

第三十九回 薩摩燃ゆ

OP。攘夷。まぁ、今見れば確かに野蛮な行為かも知れませんが、やっぱり必要な事だったのではないかなぁ、とね。

 家茂の無事を祈る大奥の面々。そんな折、家茂が京に無事に着いたという知らせが届きます。京方はいよいよ攘夷実行かと浮き足立ちますが、「昔に戻るなど無理な事」と和宮は浮かぬ顔。今、大奥で一番事態状況が見えているのは和宮みたいですね。家茂の攘夷は無理の台詞だけでこうまで思えるってのはすごいことだ。

 京に着いた家茂は攘夷の困難さを帝に申し上げるとやる気満々ですが、先に着いた慶喜から、衝撃の事実を伝えられます。なんとすでに幕府は攘夷を行うと約束をしてしまっていたのでした。しかし、まぁ、慶喜の腹黒い事、腹黒い事(笑) 素晴らしい。
 結局家茂は、攘夷決行の約束を覆せることなく病に倒れてしまうのでした。これはやっぱり篤姫と家茂の考えが甘かったとしか言えないなぁ。攘夷なんてものは結局は精神論ですから、説明されて納得できるものではありませんよね。そういう意味では薩英戦争や馬関戦争は悲劇ではあっても必要な過程だったと思います。でも、嫌味な公家衆はむかつく(苦笑)

 家茂が病に倒れた事は大奥にも伝わります。篤姫は和宮に、家茂が江戸に戻れるように帝にお願いして欲しいと告げます。まぁ、これもやっぱり和宮の言い分の方が正しいかなぁ。篤姫への意地があるってことを差し引いても。今回の家茂の上洛はどう考えても篤姫が仕組んだんだし、それが失敗したからといって、家茂の身が心配じゃないのかってな勢いで和宮に迫るのは如何なものかと思ってしまいます。(篤姫に点が辛いのは百も承知。)

 で、病床の家茂の元に誰かを送り込みたいと考えた篤姫は、自分の代わりに(?)勝さんに白羽の矢を立てます。勝と対面した家茂は、異国に負けることで攘夷が無理と悟る事が出来るという勝の考え方を聞き感心します。歴史知ってるから、それが必要な過程だってことはわかるけど、この当時にこれが言えればたいしたものだ。それにつけても天璋院、天璋院。はいはい。(笑)

 そして家茂の帰還。どうやら家茂帰還のその裏には、和宮による朝廷への嘆願があったようです。ところで、家茂と和宮の間に子供が出来ていたら、その扱いはどうしたんでしょうねぇ。難しそう。

 薩摩では、とうとうイギリスとの決戦の火蓋が切って落とされました。ちなみにこの戦争、薩摩の善戦?という理解で宜しいのでしょうか。犠牲も大きかったとは思いますが、この戦争があったからこそ…倒幕が可能になったんですよねぇ…。はぁ。
 ところで、この帯刀さん、正直そろそろどうにかしていただけないでしょうか…。戦を防げなかったと己の無力を嘆くのはいい。焦土となった鹿児島を憂えるのはいい。負けて悔しがるのはいい。でもさ、いい加減、篤姫から離れて欲しいなぁ。家老となったんだから、嘆くなら国の為、民の為嘆いて欲しい。篤姫との約束が守れなかったを前面に押し出すのはどうなのかと。

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